アキラの精神世界

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絶対性の体験

2017.03.08.9.54

自我と感覚?がふわふわと浮いている ニサルガの言葉が効いたようだ 非常に軽い状態で『わたあめ』のようだ わた』の布と言わなかったのは溶けてゆく感覚があるため

ついでに読んでいた箇所も引用しておく

 

私は在るp86
質問者「どのようにして絶対性は体験されるのでしょうか」

マハラジ「それは対象物として認識したり記憶の中に蓄えられたりするものではない。それは現在の中にむしろ感覚的なものとしてある。それは「何であるか」というより「どう在るか」に近い。それは質の中価値の中にありすべての根源としてすべてのなかに存在しているのだ」

質問者「それが根源なら それは、なぜ、どのようにしてそれ自身を現すのでしょうか?」

ニサルガ「それは意識に誕生を与えるのだ。それ以外の全ては意識のなかに在る

 

ー 中略 ー

 

質問者「究極の体験者と誰なのでしょうか 真我、あるいは未知なるものでしょうか」

ニサルガ「もちろん、真我だ」

質問者「それでは何故至高、未知なるものという概念を持ち込んだのでしょうか」

ニサルガ「真我を説明するためだ」

質問者「至高、未知なるものを超える何かが存在するのでしょうか」

ニサルガ「真我以外に存在するものはない すべては1つでありすべては「私は在る」の中に含まれる 
目覚めと夢見の状態においてそれは個人だ
深い眠りと第4の状態(トゥリーヤ)の中でそれは真我だ
その第4の状態の彼方に至高の大いなる平和がある。
だが本質的には全ては1つであり現れと関わりをもっている
無知の中で見るものは見られるものとなり、智慧の中では見ることになる
だがなぜ至高なるものにこだわるのか?
知るもの(知者)を知りなさい。
そうすれば全ては知られるだろう。」