津田さんと精神世界

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ラマナ・マハルシの教えⅠ

こんにちは

 

今回の記事は「ラマナ・マハルシとの講話集Ⅰ」の抜粋です

この本から気になった点を紹介していきたいと思います

 

 

ー眠りのない眠りー

A「真我は常に存在し、真我なしには何も存在しません。真我は眠り、夢見、目覚めという存在状態の鑑賞者です。眠りの状態の中でも、あなたは存在していなかったでしょうか。眠っている間、あなたは自分が眠っていることや世界に気付いていないことを知っていましたか。あなたが眠りの体験を自覚のない状態だっと描写するのも目覚めの状態においてだけです。眠りの状態の意識は目覚めの状態の意識と同じものなのです。もしこの目覚めの状態の意識が何であるかを知っているなら、あなたは3つの全ての状態を観照する意識を知ることになります。そのような意識は眠りにおける意識を探求することで見出すことができるのです」

Q「その場合私は眠ってしまうでしょう」

A「それでもかまいません」

Q「それは空白状態なのです」

A「見出しなさい いつであれあなた自身の存在を否定することはできないはずです」

Q「あたかも眠りの中にとどまりながら、しかも同時に気付いているべきなのでしょうか?」

A「その通りです 気付いていることが目覚めの状態です それゆえ、それは眠りの状態でなく、眠りのない眠りなのです。想念の起こるがままにまかせていたら、あなたは自分を見失い、果てしなく迷路をさまようだけでしょう」

 

ー適切な座位ー

Q「どれが最も良い座位でしょうか?」

A「どの座位でもかまいませんが、楽な姿勢の半跏趺坐が良いでしょう。しかし、知識の道を行く者にとってそれは重要ではないのです」

 

ー仕事の影響ー

Q「仕事は真我実現に影響を与えるでしょうか?」

A「いいえ、行為は真我に影響を与えることのない単なる現象に過ぎないのです。例え行為をしているときでも彼には行為者であるという感覚がありません。行為は自然に起こり、人はそれを執着心無く見守り続けるだけです。このような行為に目的はありません」

 

ー不幸の影響はなくなるー

Q「修練とは何でしょうか?」

A「自我の源である私をたゆまず探求し続けることです。私は誰か?それを見出しなさい 純粋な私は実在であり、絶対的な存在ー意識ー至福です。それが忘れられた時、あらゆる不幸が起こります。それをしっかり捉えれば不幸がその人に影響をあたえることはなくなるのです」

 

ヨーガとは合一という意味である

 

★ー戦争の正統性ー

Q「戦争は正当化できるのでしょうか?」

A「常に真我の内にあり続ける覚者にとって、一人の生命、あるいは数人の生命、あるいはこの世の全ての生命、または三界のすべての生命が失われたとしても。何の違いもありません たとえ彼が全ての生命を破壊することになったとしても、そのような純粋な魂に罪が触れることはないのです。 マハルシはバガヴァット・ギーターの第18章17節から引用した 「自我という概念から自由で、知性に執着しない人は、たとえ全世界を滅亡させようとも、彼が殺したということはなく、行為の結果に縛られることもない」」

 

※破壊の神シヴァはその力で世界のあらゆる不幸を破壊することができる。といわれています 五井先生の執着のなさでもはっきりとあらわれていますが、彼らにはこれほどまでに強大な力が与えられているようです この部分は一見すると非常に危険な要素でもあります 覚醒は危険なことでもあるでしょう

 

ー夢の中の人々ー

A「もしあなたが夢の中で何人かの人を見て、それから目覚めて夢を思い出した時、夢の中の人々も目を覚ましたかどうかということを確かめようとするでしょうか?

 

ー超自然能力についてー

A「超自然能力(シッディ)とは能力が拡大されたものです 限られた能力を持つものは不幸です それゆえ幸福になるために能力を拡大しようとするのです しかし本当にそうなのか考えてみなさい もし限られた能力のために不幸だと言うのなら、能力が拡大するに従って不幸も拡大することになります 超能力は幸福をもたらすのではなく、人をより不幸にするのです 」

 

ー修行者の食事ー

Q「修行者のために指導される食事とはどのようなものなのでしょうか」

A「決められた量の清らかな食事です」

 

Q「肉を料理するということは生命を殺すことではないでしょうか」

A「非暴力はヨーギーの修行にとって最も重要な規則です」

Q「植物さえも生命を持っています」

A「あなたが座っている床の石さえも!

 

※この問答は非常に衝撃的でした 床の石が生きているということは、目に見える全ての物質は生きているということです 

 

Q「どうしてあなたはミルクは飲むのに卵は食べないのですか?」

A「家畜の牛たちは、子牛が必要とする以上にミルクをだすため、ミルクを搾られることに喜びを感じるのです」

Q「でも雌鳥も卵を抱えきれないのではないでしょうか」

A「しかし卵の中にはやがて生命となるものが宿っています」

 

ー5つの鞘を超越したものー

A「簡単に言えば、私は5つの鞘を超越したものです。次に真我ではない全てを否定し続けた後に残るもの、それが真我 存在ー意識ー至福なのです」

(5つの鞘とは真我を覆い隠す、身体ー生気ー心ー知性ー至福のことである)

 

ー心とは何かー

Q「心とは何でしょうか」

A「心とは生命の顕現の一形態です。木片や精密な機械が、心と呼ばれることはありません。生命の気が生命活動としてあらわれ、また心という意識的現象としてあらわれるのです。」

 

ー世界の実在性ー

A「世界の実在性は自我が眠りの中から出現することによって自我によって創造されたといえるでしょう。そしてその実在性は眠りの中でその本性を回復した魂によって飲み込まれ、消え去るのです。」

 

ー集中力を高める方法ー

Q「集中を高め、散漫を取り除く方法が何かあるでしょうか?」

A「身体的には、消化器官や他の内蔵器官への刺激を避けなさい。食事の量と質の両方を管理しなさい。眠気や興奮、そしれそれらを促進する食べ物を避けなさい。精神的には1つのことに興味を持ち、心をそれにとどめなさい。他のすべてを忘れて没頭できるようなことに興味をもちなさい それが無執着と集中です 神やマントラを選ぶと良いでしょう そうすれば心は霊妙なるものをとらえるほどの力を得て、その中に溶け去るのです」

 

ー夢見と目覚めの違いー

Q「夢見と目覚めはどのように異なるのでしょうか」

A「夢の中で人は異なった身体をとります。そしてその身体は、夢で感覚的接触をえたとき、再び目覚めの身体に入るのです」

 

ー真我に到達するにはー

Q「真我に到達するにはどのような努力が必要でしょうか」

A「私が破壊されるべきです 真我とは到達するべきものではありません 真我が存在しないときなどあるでしょうか?それは新たなものではないのです 真実なるものは常に存在しているのです」

 

ー真我の中、世界の中ー

A「私たちは真我のなかにいます 世界の中にいるのではないのです」

 

ー心を制御するにはー

Q「どうすれば心を制御できるでしょうか」

A「2つ方法があります 1つは心とは何かを観ることです もう1つは注意を何かに集中させることです」

 

ー想念を越えた意識ー

Q「想念を超えた意識を得ることは可能なのでしょうか」

A「可能です 目覚め、眠り、夢見の状態に共通する1つの意識が存在してます 眠りの中の私は真の私なのです それは眠っている間も常に存在しています それが意識です」

 

ー想念はいらないもの?ー

A「想念は他の活動のように至高の意識を妨げることはないのです」

 

ー眠りの中に在る私ー

A「深い眠りの中であなたは、「私は眠っている 今目覚めようとしている 私はずっと眠っていた」 等とは言いません しかし、それでもあなたはそこに存在しています」

 

ー人はどのように眠るのかー

Q「人はどのように眠りに入っていくのでしょうか」

A「目覚めの状態で目覚めているのは誰なのかを知るならどのように眠りに入っていくのかも知るでしょう」

 

ー眠りのない眠りー

A「自我があらわれる前まで戻れば、眠りのない眠りという区別も分別もない、あの幸福な状態に達するでしょう」

 

ー死ぬことは良いことー

Q ある人の死が伝えられた

A「良いことです 実際死者は幸せなのです 彼らは大きくなりすぎた身体を厄介払いしたのです」

 

ー瞑想と散漫の違いー 

Q「瞑想と散漫の違いはありますか」

A「違いはありません 想念があるときそれは散漫であり想念がないときそれは瞑想です」

 

続きます