アキラの精神世界

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ラマナ・マハルシとは

こんにちはー 今回はインドのある覚者についての記事です

 

ラマナ・マハルシとは

ラマナ・マハルシはインド系のブッダ(覚者)です

 

著書

彼の著書は対話集が3冊でています この本は1935年から1939年の間に収録されました

ここには輝くような言葉が沢山あります では早速紹介していきましょう

 

ラマナ・マハルシとの対話1より

A「もしあなたが夢の中に何人かの人をみて、それから目覚めて夢を思い出した時、夢の中の人々も目を覚ましたかどうかということを確かめようとするでしょうか?

 

Q「霊的な師を2人もっても良いのでしょうか?」

A「師とは誰でしょうか? 結局真我が師なのです 真我が人間の形として師を遣わしているのです インドのアドヴァータは24人以上の師をもっていました 師とは何であれそれから学ぶことの出来る対象を言います アドヴァータがそうであったように 師は無生物であるかもしれません 神、グル、真我は1つなのです」

 

A「原子の行動さえ心によって発見されました したがって心は原子よりも微細なものなのです 心の背後に存在する魂はそれより微細で精妙なものなのです」

 

 A「深い眠りの中で、人は自分の身体も含めて何も所有していません それにもかかわらず不幸であるどころか全く幸せなのです 誰もがぐっすり眠ることを望んでいます つまり幸福は本来人に備わったものであり 外的な原因によるものではないということです」

 

 A「世界とは目覚めと夢見の状態の中で感じられるものであり、また思考と知覚の対象でもあります どちらも精神的活動です もし目覚めや夢見という想念の精神活動がなければ、世界を知覚することさえないでしょう 眠りの中にそのような精神的活動はなく世界と対象も存在しません したがって世界の実在性は眠りの中で魂によって飲み込まれ自我によって創造されたと言えるでしょう」

 

マハルシはバガヴァッド・ギーターから第18章17節から引用した
 自我という概念から自由で、知性に執着しない人は、たとえ全世界を滅亡させようと彼が殺したということはなく、行為の結果に縛られることもない

→ちょうど五井先生がこの実例を示して下さいました
 彼には行為の結果に対する執着がないようでした

 

 

 

(※五つの鞘とは、真我を覆い隠すもののこと
 1.身体の鞘 2.生気の鞘 3.心の鞘
 4.知性の鞘 5.至福の鞘 )

 

 

ボリューム満点

これでたった1/10です!
なんて面白い対話集なのでしょうか!

編集者はこれを純金のように価値があると述べていますが
全くその通りだと思います