津田さんと精神世界

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五井先生とラマナ・マハルシを比較して感じたこと

こんにちは アキラです 今日はラマナマハルシと五井先生を比較して感じたことを書いていきたいと思います これらは私の直感で得たものであり、具体的な証明がされているわけではありません

 

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五井昌久という人が日本にいます 彼は非常にレベルの高い覚者で、超能力(ヒーリング)を持っていました 非常にバランスのとれた人物で、宗教家でありながら常識を忘れない調和のとれた人です

 

今、私はラマナ・マハルシを研究しています

この方の本は読めば読むほど面白くて寝るのを忘れるほど熱中してしまいます

彼も五井先生と非常に似た雰囲気を持っています

調和がとれていて、中庸を実現しているのです

超能力があるかどうかは分かりませんが、人生を誤らない忍び寄りの気質も備えています

 

今回はこの2人を比較していきたいと思います

多方面から怒られそうなことですが、なんというか共通点が沢山あるんですよね

自分の知識だけにとどめておくのは勿体無いので、ちょっと書いておきます

 

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1.常識を越えた、超常識を持っている

 彼らは、死に対してポジティブです

「死ぬのは幸せなことだ」「妻(旦那)がなくなることは身軽になるので良いこと」

「死んでも安心」「死ぬのは怖くない」などという言葉が散見されます

 

 

2.中庸を実現している

 彼らは、行き過ぎた善意を施しません 例えば、全財産を寄付するなどということです

マハルシは、ある信者から、皿の上にある食べ物を要求されました すると彼は「そんなことをしたらここにいる全ての人が私の皿の上の食べ物を求めて、何もなくなってしまう」といってこれを断りました

五井先生は、「自分の信仰を無理やり押し付けても、相手は嫌がるだけだ」と熱心な信者に対して説得したり、超能力を求める人に対して「そんなことをするのは止めておきなさい」と制止したようです

 

3.お金を受け取らない

 マハルシは「お金の使い方が分からない」と言い、それを受け取りませんでした

 食べ物は普通に受け取っていたようです

 また彼本人ではなく、彼の支援者は彼の意思に反して基金を設立し、お金を集めていました

 五井先生は初期の覚醒段階のとき、お金を受け取ることができませんでした

 キリスト教で「貧乏人は天国へ行けない」という聖書の言葉があります これに葛藤する富豪の信者の話が後々の著書で出てきます 

 結婚や宗教法人設立を経て、形が整ってくると、お金なども自然と受け取ることができるようになったようです

 ココらへんの話は 「天と地を繋ぐもの」によく書かれています

 五井先生が、信者の大学生から5万円借りた話(そのお金は、ある女性に渡り、彼女はその5万円で商売をはじめ、後々返済を済ませた)もかなり面白いです

 

4.常識に縛られない

 マハルシは最初の段階で家族からお金を取得した

 金額は3ルピー 内1ルピーは放棄した

 また聖山に勝手に住み着いた

 彼はこれらのとき葛藤することは無かったようだ

 

 五井先生は一時、職場で宗教の話ばかりしていた 彼女にそれを諌められるまでそれは続いた また生長の家の講師として、活発に活動していたようだ

 五井先生は特攻者を褒めている 「彼らは良い場所にいる」と著書にはっきり書いてある おそらくこれは遺族を省みての発言だろう どう考えても特攻した人にカルマが無いわけがない

また覚醒していて、何も感じていないはずなのに、人の死や葬式を悲しむといった、大悟にふさわしい調和の感覚を備えている

 

5.真我の説明

 「純真で純朴な存在でありなさい」という内容は共通している

そもそも同じものを説明しているのだから説明は似ていて当然か

 

マハルシは深い眠りと目覚めの状態の対比に説明を割いている

五井先生は感謝すること、善行を積むことに対して説明を割いている

 

これは4つの道の内 1と4にあたる( 1.知識 2.帰依 3.修練 4.善行)

インドのヨーギーは1の知識の道を歩むことが多いようだ

知識の道は「私は誰か?」と問い続けることによって達成されていく

 

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まとめ

 ・中庸という超越したバランス感覚

 ・常識を超えた常識

 ・真我の説明

 +慈悲の心・あふれるような優しさ

 

この4点が共通していると感じました

まだ抜けているところがあるかもしれませんが、このくらいにしておきます