津田さんと精神世界

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宇宙全史復習 お祈りが見つかったときのことについて

こんにちは 津田さんです

 

ツイッターで宇宙全史の質問を頂いたのですが、まだログが発掘できていません(すいません)

(『まんだらけ社内で宇宙全史の勉強会を開いたところ、参加者はたった2人だった』という内容なのですが、誰か日付を覚えている方がいましたら教えてください)

久しぶりにログを読み返していると、大事な言葉をおさらいしていきたくなったので、主にお祈りなどについて復習していきたいと思います

 

安らかなお祈り

これは原油流出事故が起きた時にもたらされたお祈りです

主に地球に対して語りかける内容になっており、災害などに効果があるよう

 

 

2009/11/25 No.153
これは右のNO・988に対する回答です

satsuki様

「22日午後、石川県七尾市沖の富山湾で100頭以上のクジラが群れになって泳いでいるのを海上保安本部のヘリコプターが確認した。というのをNHKの19時のニュースで見ました。このニュースは今現在の人間に対するメッセージなのでしょうか。だとしたら、どのようなメッセージなのでしょうか」

上の方に確認してみました。

月読の大神「危機感がある」

「地球規模の変動を察知して、移動している」

どこで変動があるのでしょうか。

「すでにブレは出ている」

「スイッチは入ったが、それが完璧に発動するかどうかはまだ未定」

完璧とは?

「その変動の規模、起こる場所、日時がまだ・・・ただスイッチは入ってしまった」

私の覚醒は間に合わないのでしょうか。

「まだ確定ではないが・・・」

非公開情報のNO3を入手された方はお分かりでしょうが、どうして鯨は富山湾を移動しているのでしょうか。
あまり関係ない場所だと思うのですが。
海にいても、変動の中心から離れていても影響は受けるのでしょうか。

「そういうわけではない」

確認しましたことを要約いたします。
鯨という地球最大の生物は、この地球でそれなりの役割を持っているようです。
地球における海洋の波動調整を昔から行っているのがこの鯨で、地上界は人間が受け持っています(ただし鯨の波動調整は、主にフォロー一辺倒ですが、人間の場合は良くも悪くも学びのために様々な波動を送り出しています・なおイルカも少ししていますが、メインは鯨だそうです)。

つまり鯨は富山湾で変動が起こりそうな場所から逃れるために集団で移動していたわけではなく、地球の波動調整のために、慣れ親しんだそれまで棲息していた環境を捨て、慣れない環境の場所へと移動している最中でした。

「そういうことは昔からあることよ」

「あまりにも波動の変調が激しい時は、中には狂ってしまう鯨もいたよね」

よく港などに迷い込んでし合う鯨がニュースで流れますが,あれはそういう類のものだそうです。

「スイッチは入ってしまった」というお言葉は、かなりショックでしたが、皆様にお願いした、

「皆(みな)が安らかでありますように」

「地球が安らかでありますように」

(有難うございます)

というお祈りが効いているらしく、規模はある程度まで縮小されるかもしれないとの事でした(まだ未定ですが)。
このBBSを覗いておられる方はまだそんなに多くはないのですが、しかもこのお祈りをして下さっておられる方はもっと少ないのでしょう。
それでもすでにそれなりの効果が出ているようだということには、大きな希望がありました。

皆様方が特別な修行もせずに、困難な階梯を踏むということもなく、今すぐ出来る(地球に対する)貢献が、すでにここにあったのです。
それこそ月読の大神がここに降ろされた恩寵(おんちょう)でなくて何でしょうか。
もし皆様方の無垢な祈りで、大浄化という変動の規模が少しでも減じたならば、その徳は計り知れないものになります。
すでに宇宙全史からの提唱で、祈り始めておられる方たちの中に、その徳を目指して祈られる方はおられないでしょうが、それでもその因果は必ず皆様の陰徳となり、今後の修行の糧となることでしょう。

有難うございました

 

虚空蔵55


2009/11/15 No.151
大変申し訳ないのですが、先日お伝えした月読の大神から降ろされました、やがて来るであろう大浄化のインパクトを薄めるお祈りですが、

「皆が平穏でありますように」

「地球が平穏でありますように」

というのを、

「皆(みな)が安らかでありますように」

「地球が安らかでありますように」

と変更をお願いします。
すでに多くの方々が祈ってくださっておられて、ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします。

全ては私の迂闊さによるものです。

ごめんなさい
虚空蔵55

 

2009/11/12 No.150
現在通常のご質問の順番待ちが、半年以上待ちになっています。
申し訳ないのですが、気長にお待ち下さい。
(私たちのカリキュラムが中々ハードになってきておりまして、まさにみわは食べることもなしにワークしておりますが、私はまだ食べることはもちろん日常業務・雑務もこなしつつのワークですので、やりがいはあるのですが、どうにも時間に余裕がありません)

今夜は皆様にお伝えしなければならないことが一つあります。

世界はもちろんですが、日本も現在すでに大きな変動・動乱の時期に入ってきています。
それはいわば新たな時代への「禊・みそぎ」ともいえますが、浄化の過程でもあります。
しかし私たちは今現在起こっている事象を見て、決して「浄化」とも思っていないのです。
ただただ「当たり前」の生活が(多少波風はあるけれど)続いていると判断しています。
この状態で気づきがあれば、更なる混乱は避けられるのですが、どうもそういうわけには行かないかもしれません。

まだまだそれは決まったことではなく、進行中の事象ですが、万が一大きな変動(カタルシス)が発生するようなことがあっても、ある行為によりその規模を小さくすることは出来るというお言葉がありました。

そこでここをご覧になっている心ある方々にお願いがあります。
すでに「世界平和の祈り」ならびに「柔らかいお祈り」は、このBBS上でも「宇宙全史」第一巻の再販(の巻末)でも書いておきましたので、日々お祈りされている方もおられると思います。
その方々にお願いです。

どちらのお祈りでも、両方を祈った後でも結構ですので、その後に、

「皆(みな)が平穏(へいおん)でありますように」

「地球が平穏でありますように」

というこの二行の祈りごとを入れて祈って下さい。
これは月読の大神から降ろされた恩寵(おんちょう)です。

非公開情報NO3をすでに取得された方々には、大体の意味はお分かりでしょうが、その事情が来るとまだ決定したわけではありません。
あくまでも「心ある」方々の聖なる祈りを上の方々は望んでおられます。
そしてその望みにこたえる機会を皆様方は今有しておられるのです。

1999年の地球の小アセンションは、ほとんど誰にも知られないまま世界中の「心ある」人々の祈りにより成し遂げられました。

今はそれに値するワークが皆様の手にゆだねられているのです。


ご健闘をお祈りします


虚空蔵55

 私はこのお祈りの2行はあまり唱えることがありません

環境に対して働きかける効果があるようです
不安やストレスに苛まれている方は試してみは如何でしょうか

 

やわらかいお祈り

やわらかいお祈りテーラワーダ仏教でも布教されているということを投稿者の一人が発見したときのものです

また『なぜ主語が複数形ではなく単数形なのか』という質問も重要です

2009/11/17 No.984
虚空蔵55様、みわ様、お疲れ様です。
先ほど、暇つぶしにニコニコ動画で仏教の動画を見ていましたら、
なんと、五井先生の「柔らかいお祈り」に非常に酷似した、瞑想をお坊さんが
説いておられました!(上座部仏教入門 2/5)
調べてみましたら、「慈悲の瞑想」という上座部仏教における瞑想の一種との事で、
あまりの符号にびっくりしました。
 
以下、Wikipediaより抜粋。
-------------------------
「慈悲の瞑想」の言葉(日本テーラワーダ仏教協会上座仏教修道会等で使われている作品)

私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように
私は幸せでありますように(3回)
※こころの中で「私は幸せでありますように」と繰り返し念じる。

私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
私の親しい人々にも悟りの光が現れますように
私の親しい人々が幸せでありますように(3回)
※こころの中で「私の親しい人々が幸せでありますように」と繰り返し念じる。

生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回)
※こころの中で「生きとし生けるものが幸せでありますように」と繰り返し念じる。

私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願い事が叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように
私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願い事が叶えられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように(3回) りの光が現れますように
 
-------------------------
以上。

自分の幸せから祈ることで、偽善のループに堕さずにいけること、それを認めることが
大事だと、気づきました。

2009・11・14
おかりん様

大変貴重な情報を有難うございました。

私も拝見して驚いております。
そこで上の方に確認してみました。

そうしますと「宇宙全史の柔らかいお祈り」も「慈悲の瞑想」も出所は同じということでした。
どちらも白光の霊団から出ています。
私たちは直接五井先生から頂いていますが、ここに発表される前に実はこのお祈りは、最初は私に降ろされたものでした(私の覚醒の段階に必要なものとして渡されています)。

それは、

「私は幸せでありますように」

「私の悩み苦しみがなくなりますように」

「私の願いがかないますように」

「私の努力が実りますように」

「私に悟りの光が現れますように」

「生きとし生けるものが皆幸せでありますように」

「私も幸せでありますように」

というこの7行のお祈りでした。
それが「これはこのBBSに来ておられる皆さんにも適応できるねえ」ということで、4行にまとめられて、お知らせしたのです。

「4行にまとめたのは、あまねく広げるための入門編よ」

ということでした。
あちら様のほうはもう少し専門的といいますか、プロ仕様のお祈りになっているようです。

有難うございました


虚空蔵55

 

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神田 征二朗

2009/5/10 No.796
虚空蔵55さま、いつもありがとうございます。

今日も一つ質問させてください。

世界平和の祈りに対して、柔らかいお祈りはどうして
「私たちの・・・」ではなく
「私の・・・」なのでしょうか?

いつも祈る際にそこが少しだけ気になります。

「私の・・・」である、明確な理由があるのでしょうか?

どうぞよろしくお願いいたします。

 

2009・5・10

いつも感謝しております。

ありがとうございます。


神田 征二朗様

あなたへの回答はまた別にありますが、これは皆様共通の疑問になり得ますので、お答えさせて頂きます。

柔らかいお祈りの主語が複数形(私たち)ではなく単数形(私)である理由は、大きく申しあげて二つあります。

一つはこの祈りは五井先生(背後には仏陀がおられます)が、この地球の最終段階において、いまだ救済の道が閉ざされている多くの方たちにおくられる最後のメソッドです。
その段階におられる方たちは、深い無明に落ち込み、身動き取れない状態です。
そして「深い無明」とは、世界のどこかにあるもの、あるいは不吉な因縁やどうしようもないカルマといったものではなく、それはまさにあなたの「エゴ」のことなのです。
そして「エゴ」とは、あなたの心の中のどこか一部の自己中心的な部分だけなのではなく、「あなた」自身そのものが「エゴ」なのだということです。
そこに凝り固まってしまっている人たちに、「私たち」という他人を含む救済を心から求めることは不可能なのです。
人のことなど考えられないのです。
無理やり世界平和の祈りをしてしまうと、何か違和感を覚えたり、少し鋭い方などは「自分は嘘をついている」と感じてしまいます。
だからまず「自分から」という祈りが、単数形の「私は・・・」という柔らかいお祈りなのです。

それは肥大したエゴに唯一沁み透る慈悲の祈りでもあるのです。

もう一つは、肥大したエゴは自分と向き合うということを嫌います。
よくこのBBSで、守護霊様が「自分を良く見つめて・・・」とおっしゃっておられますが、エゴは「自分が悪い」「自分が間違っている」などということは金輪際認めたくないのです。
まずは「世界のせい」「政治が悪い」「学校が悪い」「隣人が悪い」「あいつのせいだ」と不幸の原因を外に求めてしまいます。
世界平和の祈りも、エゴの薄い方には適応されますが、こういうエゴの濃い方たちには逆に「自分と向き合わない」手段として悪用されてしまうのです。

「自分は世界のため、人類のため、日本のために祈っているのだ」

その的外れな思い込みには、どこにも出口は見つからないのです。
私がこのBBSの初めから、

「まずはご自分から」

といい続けておりますのは、そこのところなのです・・・が、エゴの濃い方は、どうしてもご自分は避けてしまわれるのです。
そこで適応されるのが「私は」という主語が単数形の柔らかいお祈りです。

柔らかいお祈りは、地球の現状(人類の心も世界状況も含めて)に合わせて降ろされたものです。
上に書きましたように、それはエゴの濃い方に適応されますが、一見エゴが薄いように見える方でも、現段階の地球にいるということは、どこか深いところで「柔らかいお祈り」を必要としているのです。

現在このBBSをご覧になっている方々は、人類全体から見ますと本当にわずかな方たちですが、しかしその幸運は計り知れないものがあるのです。
それを受け取れる方がまたどれだけおられるかは、皆様の問題ではあるのですが。

ご健闘をお祈りいたします


虚空蔵55

先日フェイスブックテーラワーダ仏教でお祈りの様子が配信されていました

なかなか人気の配信のようで50人ほどが視聴していました

映像を通してですので、光と音しか伝わってはいませんが、私程度でも感じる力強さがあり、圧倒されました

 

「幸せになりたい」と想うことがそもそもできない。という方がいらっしゃると思います

私も16~21歳くらいのときはそんな感じでした

(これは主に社会への怨みがピークに達していたためです)

やわらかいお祈りが単数形である理由はまさにこのような人のためであり「まず自らを救う」ということに主眼があてられているからです

 

なぜ感謝するのか

なぜ、感謝することは良いことなのでしょうか

なぜ、私たちは感謝しなくてはいけないのでしょうか

エゴが強くてこのような疑問を持つ方は次の投稿を読んでみると理解することができるかもしれません

2009・10・15
いくと様

かつて書いた覚えがありますが、大切なことなのでもう一度書いておきます。
通常の社会でももちろんですが、精神世界や宗教界で、基本的にまず教わること
に「感謝」ということがあります。
この関門をまずクリアできないと、そこから先がないのです(極端な例外はあり
ますがほぼ皆無です)。

一般的に「感謝」とは、ある一定の対象に対して自らの気持ちを表明するものだ
と考えられていますが、それは現象界、肉体界サイドから見たごく表面的なこと
でして、本当は「自分に神々(あるいは上位の存在)の加護を受け取る許可を出
すこと」なのです。
つまり私たちはいつも神様に感謝の祈りをしているように思っていますが、実際
神々からの応援が来ることを、自分に対して「許可」すること、表明すること
をしているのです。

もう少し分かりやすくいいますと「感謝することで神々の力を得ることができる」
・・・しかしそれは神々の問題ではなく(神々は決して感謝がないと力を与えな
いよとはおっしゃっていません・逆にいつでもどこでもそのお力を注いで頂いて
いるのですが)、私たちがその神々の加護を受け取ることができるかどうかとい
うことなのです。
それを受け取るには、自分自身に「許可」を出す(あるいは与える)ことが必要
なのです。

私たちは何事も「自分が」「自分で」「自分だから」と、エゴ中心で成し遂げよ
うとしています。
それが生まれた時からの教え込まれた習い性となってしまっているのです。
だから生きるという基準を深い意識のもとで、そのエゴの基準に従っているため
に私たちはわざわざ「感謝」というキーワードを使って許可を出さないといけな
い羽目に陥ってしまっているのです。

エゴの強い方はよくお分かりだと思いますが、それが強ければ強いほど「感謝」
という行為がお出来になりません。
それがある意味覚醒への「ストッパー」でもあり「ハードル」でもあり「ブロッ
ク」にもなっているのです。
つまり「エゴの強い方は覚醒しにくい」という現実的な理由がここにあるのです。

本来はあまりこうした秘密を書いてしまってはいけないのですが・・・「宇宙全
史」のワークは一見厳しいようで本当は甘々なのですよ。

有難うございました

 

切り貼り

以下、適当に気になった文章を切り貼りにしています

短い文章だけでは中々意味が伝わらないと思いますが、深淵なメッセージも含まれていると思います

 

「この方が五井先生につながると、集合魂もつながる」(←地球上でも集合魂を超えた存在は見つけることができる。{覚者などのこと}また子ダマでもそれらの存在とつながることができる。)

 

「肉体意識の統合」ということをすると、肉体はその力を通常時の何倍も何十倍も出すことを可能にします。(←意識が一定以上に広がった場合、肉体の臓器と意思疎通をとることは可能である。)

 

「存在するものはすべて完全ではない」「宇宙には不完全なもの・部分的なものしか存在できない」「存在」とは不完全だから「存在」出来る

 

人類の最大の敵は戦争でもなく、貧困でもなく、搾取の構造でもなく、フリーメイソンでもありません。
それは各自が後生大事に抱えている「自尊心」なのです。

 

祈りの唯一のコツ

祈りはただ唱えているだけで効果のあるメソッドです
しかし、必要なことがいくつかあります
その内の2つが「集中」と「信頼」です
これを簡潔にまとめた文章を貼り付けておきます

疑いがあると集中の度合いが薄くなり「祈りのエネルギーの到達度」が低くなってしまいます。

 

とにかく私が言い続けていることは「お祈りには力がある」ということです。

睡眠のようにぱっと見ただけでは何もしてないように見えますが、間違いなく人を助けるものです。

このことは何度も繰り返しお伝えしていきます。