津田さんと精神世界

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エネルギーボディについて

無限の本質まとめ6です

 

 

エネルギーボディとエネルギーフィールド

日常生活の浮き沈み

内省の支配下で生きている私たちは、いつ勝利しいつ敗北するかという時期を知ることができない

人間の輝く球体が見えるのは、1度につき1つである

 

私たちは生まれた瞬間から宇宙を流れるエネルギーを知覚していた。今ここでさえそれは知覚されている

 

人間はみなエネルギーを直接知覚する潜在能力を秘めている。

この直接知は「世界をとめること」と呼ばれる

これは「広々とした展望」または「人間の形を無くすこと」とも呼ばれている

 

内的沈黙によって、捕食者をせめたてることができる。

 

エネルギーボディとはエネルギーフィールドの集合体である

宇宙を流れるエネルギーとしてそれを見たときには肉体を構成するものの鏡像である

エネルギーボディは肉体の輝く球体よりも小さく、緻密で重そうな外観をしている

肉体とエネルギーボディは何か不思議な凝集力によって1つのまとまりへと圧縮されたエネルギーフィールドの2つの集合体である

このエネルギーフィールドを1つにまとめている力は宇宙におけるもっとも不可思議な力である

これは全宇宙の純然たる本質であり、存在する万物の総計である

 

肉体とエネルギーボディは人間として我々の領域において唯一平衡を保っているエネルギー形態である

この2つの間の二元性以外にはいかなる二元性も認められない

つまり肉体と精神、魂と肉といかいったものは単なる精神の連続体、延長されたものにすぎない

だれでも修練によってエネルギーボディを肉体に近づけることが可能である

通常これらの隔たりは非常に大きい

修練によってエネルギーボディを自分の肉体と同じよう複製することが可能である

要するに肉体のような確固たる3次元の存在へ加工することができる

この方法から分身やもうひとりの自分といった概念が生まれた

これと同じように肉体をエネルギーボディに加工することも可能である

つまり肉眼には見えない無形のエネルギーの塊に変えることができる

 

これらは全て現実のこととして語られているが、私たちがこれらを理解し難いのは基底にある認知システムが我々と彼らで異なっているからである

 

私たちを支配している言葉の領域外にあるこのエネルギーは操ることが可能である

 

黒い影

繋がりの領域外にあるものが宇宙の全体の姿である

それは視界をさっと横切る黒い影として私たちは認識することができる

我々には捕食者がいる

そいつは宇宙の深淵からやってきてわれわれの生活の支配権を乗っ取ってしまった

人間はそいつの囚人である

私たちが捕虜であるということはエネルギー上の事実である

私たちが養鶏をするようにそれらは私たちを管理するのである

私たちを自己中心的な存在にさせているのは捕食者達である

 

では一体どうやってそれらは私たちを管理するのだろうか

そのやり方は単純であり、それらは私たちにそれ自身の心を植え付けているのだ

つまり、捕食者は自分の心をわれわれに与えているということだ

粗野で矛盾だらけで陰気。今にも発見されてしまうのではないかという恐怖に満ちている。

飢えたことがない現代人が食料への不安を抱くのは、捕食者の不安に他ならない

捕食者達は人間の心を通じて、自分たちの都合のいいものを注入する

 

では、一体彼らは我々の何を食べているというのだろうか

それは私たちのエネルギーである

光り輝くたまごにはそれを覆う上着が被されている

私たちが子供のころそれは全体を覆う大きさがある

しかし年齢を重ねるごとにそれは減少し、ヘリやフチまでの短い大きさしか残らなくなる

 

これは一定の長さまで回復すると、樹木のようにそこから元の大きさまで自然に回復する力がある

 

人間は洗脳されやすく、簡単に異なる種類の意識の餌食になってしまう

内省の中心はこのごく僅かに残されたエネルギーの細い縁である

彼らに直接的に反撃する手段はない

 

私たちにできることといえば、意識の光る上着の味を変え、捕食者からの興味を逸らせることくらいである

 

捕食者はまた飛ぶ者と呼ばれる。それは空中を飛び回っている

これらは当然ながら非有機的存在である

 

人間に残された唯一の手段は修練である

修練とは「予期しない困難な自体に平然と立ち向かう能力のこと」である

こうすることで意識の光る上着は捕食者たちの口にあわなくなる

彼らが私たちを食べることをやめると、それは自然と元との形に戻る

足首よりそれが大きくなると、あとは自然と伸びていくだけだ

光り輝く上着が元の大きさに戻ると人間の本来持つ素晴らしい知覚作用は手足のように当たり前の物となる

 

内的沈黙によって植え付けられた心(外来の装置)は逃げ去っていく

この現象によりこの策略にかかわるものは誰でも心が外部に起源をもつという確信が得られるのである

何度となく逃走を繰り返すことで、その外来の装置は永遠に人間の心から逃げ去ったままとなる

この日から神秘を歩く者たちの本当の戦いがはじまるのだ

飛ぶ者を失った人間の心は、冷めきっていて全く使い物にならないからだ

あずかり知らぬところでなされた合意は尊重するのを拒む方が自然と言えるだろう

私たちがこの世に送り出された時からこの合意は遂行されていた

私たちが極端に自分というものに執着しているのは、この植え付けられた心が原因である

こうして飛ぶ者を認識することで、それと人間との関係には決定的な亀裂が生じる

そうすると飛ぶ者はわれわれとの仲を修復しようと必死の抵抗を試みるのだ

 

 

 

探索機

われわれ人間は宇宙によって造られたエネルギー探索装置である

われわれは意識あるエネルギーの所有者なので宇宙は我々を使って自分自身を認識する 飛ぶ者はある意味執念深い挑戦者だ

 

静かに沈黙を保つことで、飛ぶ者からの障壁は築かれていく

地球に住む人間は誰も彼もが同じ反応の虜になっている

 

長い旅

自我が粉砕されると、幼少時代の自分を残してそれ以外の全てがバラバラに砕かれる

無限との出会いは信じられないほど魅力的であり、挑戦者の多くは無限の深淵から帰ってこようとはしない

混乱と苦痛と圧迫と騒音に満ちたこの世界に魅力を感じないからだ

この選択は表面上のものではなく、意図によってなされる

 

戦士・旅人の土台を成すものは「謙虚さ」と「能率の良さ」である

何も期待せず行動し、前方に待ち受ける敵がどんな大きさでもものともしない

 

男性にとっての大問題は、弱さである

我々の意識が成長するとき、その柱はかなりの大きさにならないと頼ることができない

そのため私たちはそれをいとも簡単に放棄していまう

手放した時点で意識の左側で得た知識は全て忘れてしまうのだ

なぜなら意識が右側に移動してしまうからだ

男の探求者が抱えている問題はなにもかも簡単に忘れてしまうということだ。どうして簡単に忘れるかというと男の意識はちょっとした刺激で新しい段階を失い、地面に墜落してしまうからだ

 

沈黙による行動は、知っている者に対する追従である

 

全てのものにさよならを告げることで「恩義」という重荷は取り除かれていく

 

感謝を告げることで、記憶の中にある何かがそれを受け取ったという感触を得る事がある

 

孤独とは心理的なものであり、人間を弱らせる

ひとりであるというのは物理的なものであり、人間を慰める

終わりに

 これでほぼ無限の本質のまとめが終わりました

最後の一章は大切なものなので是非ご自分で確認してみてください

内容は単純なものでカルロス・カスタネダの幼少時代の3つの記憶(体験)が描写されています

これを読んでいるときに、私も自分の幼稚園入学前?3,4歳のころの記憶が蘇りました これほど古い記憶が今でも思い出せるということは驚くべきことです

 

幼少時代の記憶

ついでなのでその幼少期の記憶を書いておきます

私の家の前には農具と藁の塊がおいてある土地があります

そこは私と隣の家の姉妹の格好の遊び場でした

そこでは積み上げられた藁を遊び道具にして自分の家やサークル、柵などをつくっていました

なにかの弾みで遊び道具であるボールのようなものが下の田んぼに落下していまいます

その崖下は2メートルほどで、ぬかるんだ地面が広がっており決して降りられない高さではありません

私は姉妹から降りるよう説得されましたが、臆病風に吹かれて飛び降りることができませんでした。

理性的にも「お姉さんが一番年上なんだから、お姉さんが飛び降りてよ」

などとけしかけていたように思います

・・・

3歳か4歳の記憶です

今でもハッキリ思い出せるなんて不思議なものですね

 

優柔不断さと食事

こんにちは津田です 今日はライフの記事です

 

私は優柔不断なところがあります

昼飯を決めるのにも一苦労します

 

この思考の流れをまとめて自分がどのように行動しているのか、客観的に見ていきたいと思います。

 

1.店を決める

まずこの時点でかなり迷います

近所にはスーパー、個人営業の洋食店、商業ビルの地下食堂街

の主に3つがあります

これに行ったことの無いお店を含めて大体選択肢は4種類です

(ほかにもコンビニやファストフードなどがありますが、これは『価格』というフィルターで避けることができます。)

 

大体は1のスーパーマーケットを選ぶのですが、休日の場合はこう単純には行きません

 

2.気持ちの問題

「大手より個人にお金を渡したい」という気持ちが浮かびます

そのため小さな洋食店が候補に浮かびます。このお店は持ち帰りをやっています。

しかし、ここでもう1つ葛藤が浮かびます。それは本当に自分が洋食を食べたいのかどうかです。

はっきり言えばそれが良く分かりません。

与えられた物であれば、「別に何でもいいじゃないか」と軽く受け流せるのですが、「自分で決める」となると大問題となります。

解決に大量の時間が必要になります

「本当に自分はこれが食べたいのだろうか?」こう考えはじめます。

そして大体よく分からないため消化できず、一歩後退します(店選びに戻る)

 

3.行ったことのないお店に行きべきか

行ったことのないお店に行きたいという気持ちが浮かびます

これは主に焦燥感のようなもので、「食事の回数は人生で限られているのだから、できるだけ新しい体験を重ねておくべきだ」という理屈です。

これの反対の思考として「食事は味覚(皮膚の刺激)に過ぎないのだから、栄養さえ取れれば何でも良い」というものです

この2つの思考にフラフラと揺れます

 

4.仮決定

結局自分の家から最も近い場所にあるスーパーに行くことにしました

この時点で失った時間は20分から30分ほどです

(家でできる作業をしながらなので完全に無駄にしたという訳ではありませんが...)

 

5.店での葛藤

スーパーに入ってからは更に迷います

大体自分の食事は「質より量」で決めています

 

 1.もち(和菓子)

 2.惣菜・お弁当

 3.洋菓子類

 4.パン

 5.フルーツ

 6.氷菓

 7.買わない

 

まず1の和菓子を考えます

昼飯に和菓子?と疑問に持つ方もいらっしゃるかもしれませんが私はこれを選ぶことも多いです

『価格 量 栄養(米+豆)』という自分の条件をクリアしており良くこれを選びます

袋詰された豆餅や餡餅、団子などで1食辺り100円から150円くらいです

次に2のお弁当、惣菜類です。「食事といえばこれが基本だ。」みたいな理屈です 自分の意志かどうかはハッキリしません

次は3の洋菓子 4のパンです 昔はこれらを選ぶことも多かったのですが、体質に合わなくなってきたので選ぶ頻度は少なくなりました

5のフルーツは主にバナナです 価格、栄養、食べやすさ(ゴミがいかに少ないか)という自分の条件をクリアすることができます

補足.ゴミがいかに少ないか というこだわりについて

これは客観的にみると少し変わったこだわりに見えるかもしれません

たとえば私は「さつまいも」が好きなのですが、その理由の1つは「まるごと食べることができる(ゴミが少ない)から」だったりします。例えば果物などでも缶入りのものがありますがそれは選びません。ゴミ捨てが面倒(廃棄するのにエネルギーがかかる)からです

これは自分のことだけでなく、最終的に業者がゴミを処分する内容まで頭に浮かびます。できだけ相手に迷惑をかけたくないという気持ちが過剰に反応していることがわかります。

6.の氷菓7の買わないということもあります。空腹感を感じないときはジュースだけ、アイスクリームだけということもあります

買わないということはかなり少ないです

なぜなら「せっかくスーパーに足を運んだのに、全く意味がなかった」という失望感を受けるためです。この気持は結構重くてしんどいので出来るだけ避けるようにしています

こんな感じで「どれを食べるか」 ということを決めています

 

6.価格と値引きシール

大体の場合「よし、○○を買うぞ!」と決め打ちをしてスーパーに入るのですが、問題は 「その商品がない」「値引きされた商品がある」

場合です

 

要するに 「予め決められたこと」「毎回同じ内容」でなければいけないのです。

 

こうなってしまったら思考は大爆発でもう大変です

 

「この商品を買うと決めたけれどあの商品の方がお買い得だ

しかし自分はこれを買うと決めたし、食べたいのかどうかは分からない あれを買うと決めたが売っていなかった。もう買うのはやめようか」

 このように言語化するのもしんどいのですがグルグルグルグルグルと思考がループをしはじめます。付近の風景もおぼろげになり、そこから醒めるまでの15分~30分くらいをさまよいはじめます。そして疲労感を感じはじめたあたりで、ようやく落ち着いてきて、食事を決めることができます

 

6.店を出てからも続く葛藤

この葛藤は店を出てからも続きます。道を歩いたり、運転をしたりしながら「今日はこれで本当に良かったのだろうか??」と思考が働きます。当然注意力は低下しますし、はっきりとしたストレスです。

 

7.食べ終われば終わるが...

しかし、この苦しい思考の渦も食事が終わればそれで切れます。

食べ終わってからも、本当にこれで良かったのか??と葛藤が続くこともありますが、それは週に1度くらいの頻度であり、あまり来ることではありません

 

8.つまり「自分で決定する」ことが苦手

食事に限らず何でもそうなのですが、自分で決めるということが苦手です。他人に指示されたものであれば「なんでもいいや」と受け流すことができるのですが、こと自分の行動や決定となるとそうはいきません。「他人に迷惑をかけるのが苦手」「お願いや頼み事ができない」というのもこの辺りが原因だと思っています

 

今回はこんな感じで記事にしてみました。

散文的な内容ですみません。

今日中には修正していきたいと思います。

 

ありがとうございました。

閑話休題

こんにちは 津田さんです
宇宙全史が全然更新されません(新刊今月なのに!)
被災で色々と忙しいのではないかと思っています
なんだか時間が空いているので閑話休題です

 

1.アシュターバクラーギーター

インド系の本(ヨガの本など)には様々な種類があります
多すぎて私はイマイチ把握しきれていません

ニサルガダッタ・マハラジの本は読んでいる方は多いと思います
私も彼の本は何度も読み直しています

それ以外でオススメの本を1冊挙げるとするなら、私はこのアシュターバクラーギーターをオススメします

https://www.amazon.co.jp/dp/4903821439/

この本はあまり実践的な内容ではありません

私という存在について、物語のような内容で比喩的に説明されているものです

考えるというより感じるといった内容で、非常に純粋無垢なものですが、私は深く感じるものがありました。紙媒体で購入してあります

 

2.リアルの話

仕事が一進一退で、少しずつ楽になってきています
貯金は半年で50万円貯まりました
このお金で普通二輪免許を取りに行きます
なんというか私は発達障害グレーゾーンなのですが
『ヘルメット』がとても心地良いんです
頭部に乗っている感覚が良いんでしょうか、それとも知覚の遮断がストレスの軽減になっているのでしょうか、理由はよく分かりませんがASDの方にはバイク通勤(ヘルメットの着用)は非常にオススメです

 

3.覚醒の話

あんまり覚醒を実感することはありません。私はお祈りを捧げているときには口蓋の辺りにハッカ飴を食べたときのようなスーっと透き通るような感じがありますがそのくらいです。夢日記は今週辺りから復帰しています。3行70~80文字くらいですが記録もつけることが出来ています。また今月の頭からお祈りが柔らかいお祈りにフォーカスしています。私は自分の幸せをあまり祈れない人生だったので、これはとても良いことだと思います。今月は忙しくてあまり出かけられていないのが残念ですが、また年末にかけて色々と忙しくなるでしょう。

 

4.災害の話

広島県東部は数ヶ月ほど前に被災しました。芦田川が氾濫し、自動車がどんぶらこと泳いでいる光景は異様なものでした。隣町の尾道では断水が2週間続きました。在来線の呉線は今でも止まっています(今月復旧?)

そして、今月大阪市が大きく被災しました。知り合いも何人か被災した(しかけた?)ようです 町の破壊の様子がSNSで上がっているのをみました。電柱がなぎ倒されている様子は悲惨なものです。

そして休む間もなく北海道で大地震がありました。死者多数の本物のカタストロフです。(カタストロフィーというのは私の好きなGuntzという漫画に1シーンが出てくるのでこの言葉を好きで使っています)

私の現在の住居は中々堅牢にできていて、多少の水害でも耐えられることを確認しています。普通に畑で芋も取れるように準備したので、即飢えるということはありません。普通に食料なども備蓄してあります。(大体2ヶ月分くらいでそれほどのものではありませんが...)

大阪の被災が北海道の大地震であっという間に注目されなくなったのは衝撃的でした(少なくともメディアの露出は大幅に減ったと思います)大きな災害であっても続けて起こってしまえば最新のものにしか目が行かなくなるという現実にはショックでした

 

今日は主に4つの話題について書いてみました

生きとし生けるものが皆幸せでありますように(^^)v

となりあう世界

無限の本質まとめ5です

 

探求者以外にも役立つような知識がありここまでくると何か生命の本質というか科学的な側面を持ちはじめています

 

 

・呪術とは集合点の移動にほかならない

・集合点の移動が行われた後に、忍び寄る者の技が活動をはじめる。つまり集合点を新しい位置に固定させることにより彼らはいかなる新世界へ入っていこうとも通常の世界を近くするのと同じようにその新しい世界を完全な形で知覚することができる。

ドンファンの系統の呪術師にとって日常の世界は600枚ある壁の1つに過ぎない

・意識の暗い海を旅している時、人は圧倒的な存在感に襲われる

・集合点のいちを好きに選ぶことはできない。内的沈黙が的確に位置を選ぶのだ

・選択は本当は選択ではなく、黙従でしかない。無限のやることに追随していくのだ

 

・人間の弱点である狭量さは人間が元々持っている性質ではなく、誰かから押し付けられた物である。

・内的沈黙は、連続する時間の流れを断絶することさえ可能である

 

・意図する行為は意識的なものでも、意志によるものでもない。

・意図は必要性による支配を受けている

・意図は宇宙における永遠の力の1つである

 

 

・有機体を持たないのに意識がある生命が存在する

・それらは非有機的存在と言われる

・その世界は私たちの世界のすぐ側にある

・宇宙には全く異なる意識の形をした生命が存在しており、それらは隣り合った世界に共存している

・非有機的存在はあたりまえのように存在しており、私たちもそれを知覚しているが、意識することがないので認識することができない

・私たちの世界に非有機的存在が降り立つと、彼らはそれに気がつくことができる

・死とは 人生経験がたっぷり詰まっている意識の境界が破れて、エネルギーとしての意識が漏れ出し意識の暗い海に吸い込まれていくことである。

・呪術師にとって死とは有機体が分解されることではなく、それらをエネルギーとして統一することである

・死は肉体のもつ個々の主権を奪い去り、1つに統一する

・それは非有機的存在へと変化することである

 

・それから呪術師は最後の旅と呼ばれるものを開始する。無限そのものが彼らの活動領域になるのだ

 

・となりあう世界に住む非有機的存在とは我々の親類であるにもかかわらず決して理解し合うことはできない

・彼らの一部は調査者または斥候として私たちの世界に干渉する

・そのような一部の非有機的存在は盟友と呼ばれ人間に近い性質を持つ

・あらゆるものには減ずることのできない残留物がある。それがエネルギーである。直接エネルギーを見ることは人間にとって最重要事項である。

・それ以上の物もあるかもしれない。しかし、我々にはそれには手が届かない

・私たちの力を削いでしまうのは、私たちの認識力そのものである

・解釈することが少なければ少ないほど、エネルギーは節約される

・亡霊を見る時、それを凝視するといい 偽物なら何も起こらないし、本物なら解釈は枯れ葉のように舞い落ちることになる